妖魔狩り 月光が君に降り注ぐ2

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妖魔狩り 月光が君に降り注ぐ2 [螺旋の月]
サークル名 螺旋の月
販売日 2025年05月11日
シリーズ名 妖魔狩り 月光が君に降り注ぐ
作者 緋賀マサラ
イラスト 石神多真紀
年齢指定
全年齢
作品形式
ファイル形式
JPEGPDF同梱
/ epub同梱
ジャンル
ファイル容量
351.41MB

作品内容

プロローグ

夕暮れ時、少女は逃げていた。
 友だちと別れ、一人で歩いていたら男に追いかけられたのだ。最近よく見る男であり、彼女にとって最早ひたすら恐ろしい存在だ。
 何故か親しげに話してきたり、脅してきたり、連絡先を執拗に尋ねてくる。
 必死で断り続け、逃げていたが、相手には通じないどころか、余計に彼女に纏わり付くようになった。
 そんな時――声がした。
「あらあら、かわいそうに! どうしたの?」
 ずいぶん優しい声だ。恐る恐る振り返ってみれば綺麗な女性が一人立っていた。とってもとっても恐い思いをしていたから当に天使のように感じてしまう。
「え、あ……」
「んもう! すっごくすっごく恐い思いをしたわよねえ!!」
 まるで全部知っているかのような同情の言葉が少女に浸みていく。
「そうだ! ねえ、あなた、あたしのところにいらっしゃい!! そうしたら全部解決するから」
 あんな男から逃げられる?
 こんなにふわふわで素敵な人だ。信じていい。
 何故かそう思った。
 迷わず彼女の差し出した手に自分の手を載せてみる。何故かそれだけですべてが解決したような気がした。
「いい子、いい子。あたし、いい子は大好きよ」
 女性はそう微笑い、少女を愛おしそうに抱き締めた。
「さあ、一緒に行きましょう。素敵な、素敵な場所へ」
 甘い誘いがとても心地好い。
「うんうん、あんなのはもう近寄ってこないから」
 そう! もう恐い思いしなくていいんだ!
 それは途轍もない少女の救いだった。
 だから迷いもなく女性とともに歩き出していく――終わりのない夢の中へと誘(いざな)われるままに。

1

「は? 住む場所がない?」
 一件が片付いた後、さて家に帰るかという話になったのだが、妖紅(ヨーコ)はそんなものはないと航(こう)に言い放ったのだ。
「必要か?」
 挙げ句にこの台詞ときた。
「有生界(ここ)で生きてくなら必須だね。特に妖紅は女の子だ」
 航は頭を抱えつつ、どう言うべきかを悩む。相手は普通ではない。妖貴だ。しかし女性、しかも女の子という部類に入るだろう年頃だ。
「女だと必要だと?」
「まあ、男でも必要だけど、君の外見なら尚更だ」
 実年齢は兎も角、妖紅の外見は十六歳ほどの少女、しかも美人と来る。
「よく分からないが、そう言うものなのか」
「そう。だから妖紅が住むところを作らないといけない」
「ふむ。だが、どうやって?」
 組織のホテルは一時的利用のみしか許可が出ない。事件後の後片付けに関することもあるからだ。
 故に普段の生活などについては狩人たちに完全個人任せであった。無論、金銭的に不自由が有るわけではないので困るものは少ない。
 そもそも本来は世話人たちがやるべきことのはずだが、あいつがやるわけもないか。
 自分に付いている男のことについて思案するが、その手のことについて一切合切説明はなかった。
 あいつはいつもそうだけどね。
 そんな結論に至り、つまり妖紅は現時点行く場所がないことだけが確かなことだった。
「んー、今日のところはどうやら僕の家に来るほかなさそうだね」
 幸い部屋は余っているし、航は軽く頭をかく。
「お前の部屋?」
「そう、僕らが会ったマンション。あれが僕の住まいだからね、一応」
「一応? 住まいであれば住まいと言うことではないのか?」
 彼の言っていることがよく分からないという雰囲気を見せる妖紅に航はそれ以上の説明はしないで話を逸らした。
「それにしても仮にも女の子を放置するあたり、何とも酷い話だな」
「女の子? 先ほどからお前は私のことそう呼ぶな。それは私のことなのか?」
「無論、君のことだけど?」
「意味が分からない」
「君の実際の年齢は知らないけど、有(ゆう)生(しょう)界(かい)で言うなら君の姿は間違いなく女の子だよ」
「年齢? 年齢だけなら私は――」
「待った。今日はもう疲れている。僕は休みたい。しかしそれだけこちらの言葉を話せるのに変なところで物知らずなんだなあ」
「それは侮辱か?」
 思わずむっとしたらしく珍しく感情が表に出て来た。
 そんな表(か)情(お)も出来るわけだ。
 何となくそんなことに感心しながら航は歩き出す。
「素直な感想だよ。気にしないで。兎に角、僕の家に戻ろう」
 妖紅としても漠然と有生界にいるわけにはいかないことくらいは理解出来ていたので、航の申し出を受けるべきなのは承知していた。
 ただ今ひとつ相手の物言いに引っかかるだけで。
 私が物知らずだと?
 それ相応の知識がなければこちらの世界には来られない。逆もまた然りだが、それが必須なのだ。
 妖紅とてその資格を得るために努力はしてきた。それをまるで否定されたような気がして面白くはない。
 それに気が付いた航は少しばつが悪く思えた。
「……悪かった。妖紅のことを馬鹿にはしてないよ。ただこっちで生きるならもう少し学んでおいて損はないって話さ。僕でよければ教えるし」
「……お前は人の心でも読めるのか?」
「機微には聡いと言われるねえ」
 かつて師匠にもよく言われたことだ。それが航の生き残る術の一つであり、そうあらねばならなかっただけのこと。
 生き残るために、生き残らねばならないために。
「何故、そこまで人の目を気にするんだ?」
「浮かないで生きるようにしておいた方が楽なんだよ」
「浮く?」
「そう、妖紅はただでさえ目立つ風貌だからね」
「目立つのか?」
「かなり」
「なら顔でも潰せばいいか?」
 妖紅は低く呟いた。醜くあれば、そうすればいいのだろうと態度が語っていた。
「ちょっと待って、なんでそう極端なのさ」
「顔なぞ……」
 そう言う妖紅の顔は何処か苦しそうに見えた。
「あのね、綺麗なのが悪いとは思わないよ」
「? だが」
「僕の言い方が悪かったけど、妖紅はそのままでいいよ」
「そのまま……」
 妖紅はその言葉を言うと落ち着いたらしい。
「うん。とは言え、必要な物は明日に買いにいかないとね」
「必要な物?」
「そうだね、例えば服だの日用品かな。暫くはこちらにいるんだろう?」
「いるもの……分からない」
「明日考えようか」
 そんなこんなで話しながら歩いて行けば航のマンションまで辿り着いていた。
 築年数は二十年ほどであるが、なかなか綺麗な状態のものであり、今も人気はある物件だ。
 セピア色を基調とした壁にマホガニー色の窓枠たちが居並んでいる。妖紅にはよく分からないが、これが人間たちの住まう場所の一つなのだろうと判断した。
「こんな建物だったのか」
「そうそう、ここってわりといい物件なんだよ」
 住むところはこだわれとよく言われたものだ。もともとの持ち主がそう言って買った時はそんなものかと思ったが、本当にそうならいいと今は思うだけだ。
「さて、帰ろう」
「飛ぶのか?」
 確か記憶では航の部屋からは高さがあり、あの時は飛んで行った。
「いや、この時間じゃ目立つよ。昨日は夜だしね、君もいたから特別」
「ではどうやって?」
「エレベーターって言う便利な道具があるのさ」
「えれべーたー?」
 聞いたことのない単語に戸惑うが、乗ってみれば分かるよの言葉に従うことにした。
 入り口で航は手慣れた様子でロックナンバーを入力し、エントランスの解錠していく。中に入れば妖紅にはまるで見慣れない様子が広がった。
「郵便受けって言ってね、人間界の手紙を受け取ることが出来るんだよ」
 言いながら航は自分の家のものを確かめる。昨日まで動きもしなかった人間のために来る手紙などせいぜい請求書くらいだろう。
 これからは何が来るか分からないから気を付けないとね。
「手紙? そんなものを運ぶのは使い魔ではないのか?」
「あはは、使い魔を持ってる人間自体がそうそういないからねえ」
「そうなのか」
「妖紅はいるの?」
「……今はいない」
 それは何かを含んだ物言いだった。それ以上は突っ込むべきではないと感じ、航はあえて明るい口調で妖紅に答えた。
「ふうん、僕と一緒だね。さあ、エレベーターに乗ろう」
 いったいどういう意味だと問う間もなく航に案内され、妖紅はエレベーターに乗る。何となく狭い箱だと感じた。
「狭い?」
「そう思う」
「まあ、日本はそういう意味で広くないからね。でもそこが悪くないところだ」
 自分の家がある階数を押しながら航はニヤリと笑った。
「そう言うものなのか?」
「住めば都ってね」
 言っている間にエレベーターがぐんっと動き出し、妖紅は少し驚いたが、たじろぎはしなかった。それより航の言う言葉の方が遥かに気になった。
「? どういう意味だ?」
「住んでしまえば何処でも快適ってこと」
「へえ、面白い言葉だな」
「ほら、着いたよ」
 エレベーターの到着音が鳴り、扉が開いた。同じような扉が複数並んでおり、妖紅には区別が付かない。
「よく自分の家が分かるな」
「番号が書いてあるからね」
 言われてみれば各部屋の扉の横には番号が振られてはいる。
 なるほど、それで判別するのか。
 航は一一〇五と書かれた部屋の前に立ち、一枚のカードを取り出した。
「それは?」
「鍵さ。こんな風に電子ロックだからまあ、結構セキュリティはいいんだ、ここって」
「でんしろっく?」
「まあ、魔法の鍵とでも思って」
「有生界には魔法があるのか?」
「どっちかと言えば科学だけど、僕にそれを説明出来る頭は無いなあ」
 鍵を開けて、航は家に妖紅を招き入れていく。
「さて、客人が来る予定は無かったから買い置きがないな」
 朝はホテルで朝食を取ったものの、いろいろ後処理もあったので何だかんだで既に昼の時間は回っている。
「妖紅も腹減っただろ?」
「まあ、そうだな」
「一先ずカップメンで腹を満たそうかね」
 台所へ向かい、棚を空ければそれなりに買い溜めてあったものがある。尤も買ったのは航ではないので趣味ではないもののもあるが、この際贅沢は言っていられない。
「かっぷめん?」
「カップラーメンが正式名称、ってのかな。お湯入れればすぐ食えるのがいいところ。悪いのは栄養面だなあ」
「お湯で作れるのか。便利なのだな」
「妖紅、お湯を沸かせる?」
 一応、確認のために聞いてみる。どのくらい有生界の知識があるからどうか知りたかったからだ。
「それを燃やせばいいのか?」
 カップメンを指してそう言うが、勿論、盛大なる間違いである。
「燃やさない、燃やさない」
 苦笑しながら航はヤカンに水を入れて、それをコンロにかけた。いつもであればお湯はポットで沸かすのだが、今回は妖紅に見せるためにそうしたのである。
「こうやるの」
「……火が出た」
 何がどうなればこうなるのか不思議そうな表情をしている。その様子はどこか愛らしい。
「台所を知らない?」
「関わったことはない」
「なるほど、了解」
 妖紅の知っている知識は少なくとも生活面では皆無らしいことだけは航はよく理解したのだった。

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